八王子歴史探訪 vol.7 | ハチポ

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八王子歴史探訪

コラムニスト:増渕 滋さん(元公立中学校校長)

八王子歴史探訪■コラム紹介:
このコラムは、八王子市内の身近な史跡を発見し気軽に歴史に触れてみようという内容です。「歴史の街・八王子」を自分の足で歩き、自分の目で見、八王子の街を見直し明日への活力としましょう。八王子での教師生活38年の元歴史の先生がお届けします。

vol.7 地図を片手に出かけよう!<JR八王子駅南口>

2009年04月19日

◎ JR八王子駅南口から、右手に少し行き最初の左手の道を1、2分歩くと興林寺。南口は工事中なので分かりにくい。地図がたより。

1、興林寺(コウリンジ) <子安町>

仏法山徳寿院興林寺 浄土宗 大横町極楽寺末 創建は天文12(1543)年と伝えられる。昭和20(1945)年8月戦災で焼失。現在の建物は昭和40年代の再建である。文化財としては、市指定の弘安年間(1278~)の立派な板碑が、入口からすぐの左手にある。大久保長安の小門の屋敷にあったと言われる上杉謙信遺愛の石灯篭を当寺に移設したと言われるが現存していない。寺を右に出て最初の右手の道を2、3分程進み、また右手に折れると税務署の正門に出る。正門の前の道をほんの少し進むと左手に墓地、右手にお寺がある。長心寺である。

2、長心寺(チョウシンジ) <寺町>

清涼山長心寺 曹洞宗 恩方心源院末創建年代は明らかではないが、元和(ゲンナ)年間(1615~)に心源院第8世禅室祖参上人が中興の祖と言われ、寛文年間(1624~)には北海上人が諸堂を再興し、十六羅漢を奉り、大般若経600巻を書写して奉安した。明治32(1899)年の大災、昭和20(1945)年の戦災で建物を焼失。現在の建物は、戦後再建されたものである。
入口近く左手に「芭蕉の句碑」が建てられている。高さ4尺3寸巾2尺の立派な根府川(静岡県)石である。碑の表「西行の 草鞋(ワラジ)もかかれ 柏(カシワ)の露」碑の右側 明治36歳次癸卯(キウ)9月建とある。句は、芭蕉の句集から採られたが、柏の露は松の露が正しいと言う。

☆ 参考:八王子市内にある芭蕉の句碑
浅川老人ホーム:「ひばりより 上にやすらふ 峠かな」鑓
水(由木)永泉寺:「先(マズ)たのむ 椎(シイ)の木もあり 夏木立」
新町永福稲荷:「蝶の飛ぶ ばかり野中の 日かげかな」

3、広徳館 <寺町>

明治16(1883)年に長心寺南地続きに開設された自由民権運動の自由党の活動本部。館主は大塚(旧由木村)出身の林副重、世話人は町田の石坂昌孝等で法律講義をはじめ南多摩自由党会議等が開催された。明治18(1885)年寺町から八日町に移転。明治30(1897)年の八王子大火で焼失、その後は再建されなかった。広徳館の説明板は、墓地入口の塀にはめ込まれてあるが小さく目立たないので見落としがちである。寺の前の道を少し西に行くと国道16号(東京環状)に出る。すぐ右手に歩道橋があり、それを渡り、下りた所を左に10分程進むと本立寺が左手にある。

4、本立寺(ホンリュウジ) <上野町>

長光山本立寺 日蓮宗 日蓮宗身延山久遠寺末永禄9(1566)年、滝山(旧加住村)に創建されたと言われている。慶長元(1596)年、千人頭原胤従(タネツグ)が現在地に中興開基した。現在、総門、本堂、庫裡、祖師堂、浄行菩薩像が整っている。墓所には、原半左衛門胤敦(タネアツ)、三田村鳶魚(エンギョ)の墓がある。

参考:原胤敦 延享4(1747)年~文政10(1827)年 千人頭、了潜(リョウセン)、半左衛と称す。寛政12(1800)年蝦夷(エゾ)御用を命じられ第1回移住第1陣の隊長として北海道白糠(シラヌカ)に居住。後に「新編武蔵風土記稿」の編纂に参加。 三田村鳶魚 明治3(1870)年~昭和27(1952)年 江戸文化研究家。三多摩壮土、縞買(シマカイ)商人 八王子大横町生まれ。明治末期より江戸の風俗、文化の研究に没頭。著書48冊、随筆23冊。

本立寺の前の道を5分程進むと左手に法蓮寺(並木以寧(イネイ)の墓所)があり、さらに2、3分進むと広い道路が見えて来る。右手の角が「天満神社」(灘尾弘吉、元文部大臣の筆による)地続きに、「時の鐘」で知られる「念仏院」がある。道路の向いにあるのが「金剛院」である。

5、金剛院(コンゴウイン) <上野町>

慈光山明王院金剛院 真言宗 高野山準別格本山寛永8(1621)年の中興。江戸末期には表門、鐘楼、本堂、庫裡、観音堂があったが昭和20(1945)年の戦災で焼失。八王子七福神のうち、寿老寿、福禄寿の2神を祀っている。昭和29(1954)年から、しばらく八王子市立図書館が境内に置かれた。都指定文化財として、「紙本着色高野山図絵大曲屏風」「紙本着色西王母六曲屏風」が保存されている。金剛院をあとに、広い道を少し右手に進むと信号がある。そこを右折すると市民会館、資料館はすぐ左手に見えて来る。(2番目の信号を右折すると左手が市民会館、右手が郷土資料館)

6、八王子郷土資料館 <上野町>

昭和42(1967)年開館。井上郷太郎氏(機業家、陶芸家、考古品収集家、市内天神町生まれ)からの考古資料(井上コレクション)の市への寄贈を契機にオリンピック記念事業として建設された。八王子の考古資料をはじめ、民俗資料、古文書など約3万点の資料を有し、八王子郷土文化の研究、調査、学習の場としての役割を果している。平常展の他、年2回の特別展が開催され、また民俗の体験学習など多彩な事業を行なっている。

☆ 参考:〔主な刊行物〕八王子市郷土資料館だより、資料館研究紀要、特別展図録、資料館資料シリーズほか。

郷土資料館の前が市民会館で、食堂もあり昼食をとってJR八王子駅に戻られるのもよいが、道を西に進み、300m程の所にある信松院を訪ねるのもよし、あるいは、市民会館の左手の道を南に向い、富士森公園を散策するのも一興かと思う。

7、信松院(シンショウイン) <台町>

金龍山又は武田山信松院 曹洞宗 恩方心源院末開基は、武田氏滅亡後、甲州から八王子に逃れ、恩方金照庵(現恩方第二小学校校庭東)に住し、心源院6世卜山(ボクサン)上人に仕え修道、庵を草創した武田信玄六女松姫である。

〔都指定文化財〕日本最古の純和風木造軍船模型。
〔市指定文化財〕松姫坐像、信松尼松姫墓 その他古文書類。

8、富士森公園 <台町>

明治29(1896)年開園。子安丘陵上の高台にある市内最大の都市公園で、八王子市の中央公園として親しまれている。市営の陸上競技場、野球場、テニスコート、体育館などの運動施設があり、桜の時期は、たくさんの花見客で賑わう。その他「招魂社」(忠魂碑)「大正殿趾」(大正天皇の祭場殿~浅間神社の拝殿)、原豊穣(南多摩郡長、横山町に居住)の碑、奥津雁江(オクツガンコウ)(明治期私立学校教師、八王子本町に住む、大横町に「斯文(シブン)学園」を新築、漢文・作文・習字を教えた)の碑が公園上段にある。

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